HISTORY 歴史

本格的ニュータウン構想の先駆け 
緑豊かな先進の生活都市

空撮|ザ・パークハウス南千里アリーナ image photo
千里ニュータウンは、「近隣住区理論」と呼ばれる欧米ニュータウンの先進事例を採用し、1961年に着工されました。道路・鉄道・学校・商業などのインフラ整備を総合的に配置したプランは、それまでの旧市街地とは異なる視点で開発された先進の生活都市づくりでした。なかでも特徴的なのは、全体の約21%が公園・緑地という計画。この緑の多さを背景にした暮らしが、都心である梅田から電車で約30分圏内という近さで実現しています。
※掲載の数値は吹田市発行「千里ニュータウン関連資料」より抜粋

千里ニュータウン最初の開発エリア

外観|ザ・パークハウス南千里アリーナ image photo
阪急千里線「南千里」駅周辺は、千里ニュータウンを構成する街の一つとして開発された地区です。このエリアは緑豊かな自然と四季の情景が広がり、良好な住環境が整備されています。1963年に高野台の入居が始まり、阪急千里線「千里山」駅~「新千里山(現南千里)」駅も開通。ショッピングセンター、公園、教育・医療施設、公共機関など、駅周辺には多彩な生活施設が充実していきました。以来、南千里は千里ニュータウンの玄関口としてのポジションを形成しています。
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